牧師 田崎敏明の、インターネット教会

還暦牧師のブログ。共に励まし合うためのインターネット教会です。

いつでも誰でも入れる教会、目指しています

夏休みは近所の子どもたちが、
宿題と水筒とお菓子とぬいぐるみを持って、
教会に来る。宿題は…しない(笑) 
ずっと遊んでいる。それでいいのだ、夏休みだぜっ。

いつ行っても、誰でも自由に出入りできて、
話をしたり、話を聞いてもらえる教会…
延岡東海教会はそんな教会を目指しています。

あなただって、同じようなことやってませんか

「ですから、すべて他人をさばく人よ。
あなたに弁解の余地はありません。
あなたは、他人をさばくことによって、
自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、
それと同じことを行っているからです。」
(聖書 ローマ人への手紙2:1)


酷いことをした人、
自分と違う意見の人に対して物を言うのは
いいのだけれど、いつしかそれが
激しい言葉で相手をののしったり、
馬鹿にしたり、
その人の人格さえ否定するような
呼び方をするようではいけない。


そんなことをしたのでは、
結局相手と同じようなことを
していることになるのだ。


 「自分はどうか…」
という地点から物事を始めたいものだ。
そうすれば、おのずと、適切な言葉で、
激昂することなく、
落ち着いて物が言えるようになるのではないか。


私こそ、そのことを一番しなくてはいけない男だが。


「人のことをいちいち批判していたら、人を愛することを忘れてしまう。」

「人のことをいちいち批判していたら、
人を愛することを忘れてしまう。」
(マザー・テレサ)


以前、やはりこの言葉を引用してブログの記事を
書いた時のことだ。その時は、
それがマザー・テレサの言葉と書き忘れていた。
すると、ある方が
「その引用された言葉は誰の言葉かは知らないけど」
と言って、その言葉も批判される方がおられた。


その方がどんな方かを知ろうと、
その方のブログを見てびっくりした。
その方もマザー・テレサを大好きな方で、
マザー・テレサの言葉をいろいろと引用して
書いておられた。
 私は
「この言葉もマザー・テレサのものです」
と教えようとも思ったのだが、
なんかその人に悪くてやめておいたという、
嘘のような本当の話だ。
人間なんて、皆そんなもんだ。


批判が全てダメなのではない。
真摯な愛から出る批判は良いと思う。
しかし、本当に愛を持って真摯な批判ができる人物が
はたしているかどうかは、また別問題だ。


もちろん、私などはまだまだな男なので、
そんな愛と真摯さが満ちた批判など、
残念ながらまだ出来ない。