インターネット教会 (牧師 田崎敏明)

キリスト教の信者の方でも、信者でない方でも、共に励まし合うためのインターネット教会です。

邪魔と思えることが、実は大切なことかも

ヘンリ・ナウエンの著の中に、
あるノートルダム大学の老教授の言葉が出ています。


「長い間、仕事に邪魔が入ると、つねに文句を
言ってきましたが、その邪魔というのが、
じつはわたしに与えられた仕事であることが、
だんだんと分かってきました」
(「静まりから生まれるもの」 P74)

誰だってできれば「自分の仕事だけ」に
集中したいものです。
でも、その時に人から頼まれる仕事、
それこそ実は、神様から与えられた、
本当の仕事なのかもしれない。


舌打ちせず、頼まれごとに、
静かに向き合ってみよう。

信仰は、力を抜いて憩うことと見つけたり

「信仰とは、力を抜いて憩うことを
主とするものではないだろうか…」
というを文書を読みました。
本当にその通りだと思います。

 人は「宗教」から、ああしろ、
こうしろ、それはいけない…と言われなくても、
そんなことは分かっていて、
その通りに行かず、苦しんでいるものです。


その上その「宗教」からさえも束縛されたら、
もう大変です。


イエス・キリストは、
「真理はあなたがたを自由にする」
と語られました。
その本意をしっかりと思いめぐらすべきです。


とはいえ、私もやっと今、60になり初めて、
その境地に達した気もします。
やっと、力みから開放され、
のんびりした心持をしている気がします。
 「えっ、前からのんび~~りしてるじゃん」
の、突っ込みはおやめください(笑)

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明日ぐらいから、ご予約いただいていた方々に
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「少しずつ何かが見えてくる…
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私のこれまでの開拓宣教の記録誌で、涙あり、
笑いあり、笑いあり…の冊子です。
どうぞお読みください。


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キリスト教は、救われるために修行するんじゃなくて、救われたから修行する。

あなたがたは、神様の寛容さのゆえに、
キリスト様を信じることによって救われたのです。
しかも、そのキリスト様を信じることすらも、
あなたがたから自発的に出たことではありません。
それもまた、神様からの贈り物なのです。
救いは、私たちの良い行いに対する
報酬ではありません。ですから、だれ一人、
それを手柄にして、誇ることはできません。
(聖書 エペソ人への手紙2:8,9)

キリスト教の信仰は、他力信仰だ。
イエス・キリストを信じるだけで、
誰でも救われるのだ。
そう聖書に書いてあるから、
他に言いようはない。
修行等による救いとは違う。


私だって、なんかこうかっこいい教理とか、
救われるための体系的な修行方法を説けたら、
いいなぁと思うけど…聖書には反せない。


「信じるだけで救われる?
 だったら何をやってもいいわけ?」


と聞かれそうだ。
愚問だ。
人は信仰をしていようが、してまいが、
正しい道を歩こうとするものだ。


それに、イエス・キリストの恵みによって
救われたら、その恩に報いたいと、かえって、
自らにいろいろな修行を課すものなのだ。

正しい人は一人もいない。真実に神の道に従って歩んだ人もいない。

「正しい人はどこにもいない。
罪のない人は世界中に一人もいない。
真実に神の道に従って歩んだ人はいない。
かって一人もいない。
そうしたいと願った人さえいない。
すべての人が道を踏み外し、みな、
まちがった方向に進んで行った。
正しいことをずっと行ってきた人は
どこにもいない。一人もいない。」


これは誰の言葉でしょうか?
神の言葉である聖書の言葉(ローマ書3:10,11)です。
厳しい言葉ですが、心ある方ならば、
頷かざるを得ないはずです。


しかし、そのような罪人の私たちを、
神は大切しにしてくださり、
導いてくださることも聖書に
はっきりと書いてある。有難いことだ。
 
昨今は、
どうも総国民「正しい人」化傾向が見受けられて、
私は恐い。失敗した人を、
「正論」をもって、よってたかって総批判して、
私は恐い。


そうではなくて、
みんな似たり寄ったりの者だのだから、
互いに叱責しあう以上に、励まし合い、
慰め合いたいものです。