牧師・田崎 敏明の信仰徒然日記

アホな牧師の日記。
まっ気楽に読んでみてっ。

戦国時代の宣教師の功罪。

「日向の大友宗麟 もういっぺん」
という小説を執筆中です。


昔、ここ延岡市の無鹿町にキリスト教の理想郷を
築こうとしたキリシタン大名大友宗麟が、
もういっぺん、無鹿にやって来る小説です。
私の牧師室の窓から、川向こうにその無鹿が見えます。


大友宗麟は、そりゃあもう書くには絶好の男。
いろいろあり過ぎるっ!
自分の家臣の妻を横取りして、
その家臣を死に追いやったりは、
まるで聖書の中のダビデ王のよう。
しかも、それを取り巻く人々もいろいろとあり過ぎるっ!



今「サイレント」という映画が上映されています。
遠藤周作の小説「沈黙」の映画化です。
遠藤周作もまた、この延岡の無鹿の地を探索して、
大友宗麟について書きました。「無鹿」という小説です。


「サイレント」は、
キリスト教禁止令下の宣教師が主人公です。
大友宗麟もあのザビエルと直接会い、感化されたようです。
しかし、当時の他の宣教師たちの教えに触れた宗麟は、
神社仏閣を焼き払ってしまいます。
ここ延岡の無鹿に来た時も、
そういうことを行ったようです。
(延岡の神社仏閣さん、ごめんなさい。
私が小説の中で宗麟に、そういうことはダメっ!
と説教しておきます。謝罪にも連れ回すかも…)


また宗麟の妻は神社の娘で、
宗麟のキリスト信仰には反対します。
すると、その妻に対して宣教師たちは
「イザベル」とあだ名をつけ、見下したのです。
イザベルというのは聖書の中に出てくる
「悪女」呼ばわれする女性です。
そういうのもダメっ!です。
宗麟の妻は、実際は、領地の人たちのことを想い、
また、キリシタンとなった自分の侍女たちに対しては、
教会に通えるように、いろいろと配慮さえしてあげた
良き女性であったようです。


宣教師の大いなる働きと、その一方での否なるもの…
それらのことも書き記す、小説ともなりそうです。


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