牧師・田崎 敏明の信仰徒然

初めて聞いた人にも分かる言葉で、福音を伝える。
キリスト教会用語ではなく、
普通の日本語で福音を伝える働 きをしております。ぜひご支援ください!

そんな働きの中で感じたことを、ありのまま綴っております。

水戸黄門の助さんの実態…良きお役人さんだった。

水戸黄門の「助さん」は、本当に、
ここ延岡にもやって来ているのです。


助さんのモデルは徳川 光圀の家臣であった
佐々 宗淳(さっさ むねきよ)です。
通称は、介三郎(すけさぶろう)でした。


彼は、「大日本史」を編纂していた
主君・徳川光圀の命を受け、
日本各地を歩き史料等を集めたりしていました。
ここ延岡に来た時には、藩の高官が、お土産(お菓子等)を
持って挨拶に来た事が記録されてまいす。
しかし、そのお土産に対して、佐々 宗淳は
「不受理」
と記しています。
いわゆる「袖の下」を受け取らない仕事ぶりだったのです。
それは他の藩でもそうであったみたいです。
(しかしお土産があったこと自体は、いつもしっかりと
書き留めているので、義理に固い男だったのでしょう)


しかし私生活では、
実際に仲の良かった格さん(安積澹泊)が、
「おおらかで正直、細かいことにこだわらない」
「よく酒を飲む」
人物と書き残しています。


そんなんが、いいなぁ。