お笑い牧師・田崎敏明Blog

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水戸黄門の助さんの実態…良きお役人さんだった。

水戸黄門の「助さん」は、本当に、
ここ延岡にもやって来ているのです。


助さんのモデルは徳川 光圀の家臣であった
佐々 宗淳(さっさ むねきよ)です。
通称は、介三郎(すけさぶろう)でした。


彼は、「大日本史」を編纂していた
主君・徳川光圀の命を受け、
日本各地を歩き史料等を集めたりしていました。
ここ延岡に来た時には、藩の高官が、お土産(お菓子等)を
持って挨拶に来た事が記録されてまいす。
しかし、そのお土産に対して、佐々 宗淳は
「不受理」
と記しています。
いわゆる「袖の下」を受け取らない仕事ぶりだったのです。
それは他の藩でもそうであったみたいです。
(しかしお土産があったこと自体は、いつもしっかりと
書き留めているので、義理に固い男だったのでしょう)


しかし私生活では、
実際に仲の良かった格さん(安積澹泊)が、
「おおらかで正直、細かいことにこだわらない」
「よく酒を飲む」
人物と書き残しています。


そんなんが、いいなぁ。

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