牧師・田崎 敏明の信仰徒然

初めて聞いた人にも分かる言葉で、福音を伝える。
キリスト教会用語ではなく、
普通の日本語で福音を伝える働 きをしております。ぜひご支援ください!

そんな働きの中で感じたことを、ありのまま綴っております。

「よくなりたいか」とイエス様から言われて、「はい、よくなりたいです」と即答できるほど、人生は簡単じゃない。

ある時、イエス様は、
38年もの間、病気で苦しんできた一人の男に、
「よくたなりたいか」
と聞かれました。それに対して、男は、
この38年間の苦しみや、人々の冷たい態度を
愚痴り始めます。


キリスト教の説教者は、この箇所からよく、
「愚痴はいけません」という"道徳"と、
「神様であるイエス様が、
よくなりたいかと聞かれたのだから、すぐに
よくなりたいです!と答えれば良かったのです」
という、"信仰"とを説きます。


それは決して間違ってはいません。正論です。
私も、以前はそう語っていました。
しかし、それは、どこか…冷たい。
綺麗ごと説教は、人の心の奥底には届かない。


彼は、38年間も苦しんで来たのです。
愚痴の一つや2つ、そりゃあこぼしたいでしょう。
もしも、私がその男だったら、
「お前なんかに、俺の苦しみが分かるのかっ」
と、悪態さえついたでしょう。
人生とは、綺麗ごとではない。大変なものなのだ。


しかし、イエス様はそんな男を、
「愚痴ばかり言って…」
と、突き放しはされなかった。
イエス様は、
しっかりと彼の愚痴を聞いてくださった後に、
彼を、癒してくださったのだ。


「わたしが求めるのは憐れみであって、
いけにえではない」とはどういう意味か、
行って学びなさい。」

(イエス・キリスト マタイの福音書9:13)


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