牧師・田崎 敏明の信仰徒然

初めて聞いた人にも分かる言葉で、福音を伝える。
キリスト教会用語ではなく、
普通の日本語で福音を伝える働 きをしております。ぜひご支援ください!

そんな働きの中で感じたことを、ありのまま綴っております。

聖書の教えは「さばいてはいけない」であり「さばくべきである」である。

聖書には、
「さばいてはいけない」
というイエス様の言葉があり、
一方、その聖書には、
人を正しくさばいたり、
責めたりすることも必要と書いてあります。

さてさて、どちらが正しいのですか?
そうです、もちろん両方正しいのです。


それは全く矛盾するものではありません。
クリスチャンならばその文脈に沿って、
それぞれが言っている意味を
知ることができるでしょう。


正しいさばきもある。
それは本当に愛から出たさばきや責めです。
一方、正しくないさばきもある。
それは自分の優越感、逆に劣等感から出たさばき。
自分を義とするための独善的なさばき。
高慢から出るさばき…


自分のさばきがどちらなのかは、
実は、その人自身が胸に手を当てれば、
自分でよく分かるはずです。


また、実は他者も、
あなたがどちらなのか、
じっと観察しているものです。


どうなんでしょうか、
本当に愛をもってさばける人って、
そうそうはいない気はしますが。
私の場合は、まだまだ人様を
正しくさばけるほどの
愛を持っていない気がする。


よくよく気をつけたい事柄ですね。