お笑い牧師・田崎敏明Blog

アホな記事、真面目な記事、取り混ぜてお届け中。

頑張れっ、俺ぇぇぇ!!

テレビで、あのアニメ「君の名は。」
が放送になるらしい。


 「へぇ、人気のあるアニメだよな。
どんなのか観てみようか」

 と思ったが、しばらくして思い出した。


 「あっ、この前、
レンタルDVDで観たんだった…」 


 今年も頑張れ俺っ!!


何がいいとか悪いとか、そんなちっぽけなことじゃないんです

若い頃は
「お前ら、黙って俺の歌を聞けっ」
という勢いだった吉田拓郎も、
 年を重ね、病を知り、
 「♪ガンバラナイけどいいでしょ」
と歌っています。


実際に自分で経験しないと
分からない世界があります。
 病んでみないと理解できない世界もあります。
 理解してあげられない世界があるし、
 理解してもらえない世界もあります。


何かが出来る人もいるし、
がんばっても、それが出来ない人もいる。


「何がいいとか悪いとかそんなことじゃない…」
と、最近、心の中で、
よくそんなこと思います。

「私は神様を信じているから薬なんか飲まない」というのもいいけど、それを人様にまで押し付けてはいけない。

もう以前の話なのですが、ある女性が、
「私、○○さん(クリスチャン)がいる時は、
薬を飲めないんです…」
と私に言いました。


○○さんは熱心なクリスチャン、
『病気は祈って神様に治していただくもの。
薬にたよってはならない』
と思っている方でした。
彼女が薬を飲んでいると、
「薬に頼らず、神様に頼ろう…」
みたいなことを言われたらしいのです。

○○さんのそのような信仰は、
それはそれで良いと思います。
しかし、自分と状況、立場の違う人に
自分と同じよにすることを要求するのは、
時として行き過ぎた行為です。


病気だけでも苦しいのに、
その上、「言葉」でも攻められたら…


もしも薬で病状が和らぐのであれば、
そういう薬があることに感謝して服用して、
少しでも楽になることは、
別に神様に嫌われることではありません。
他の信仰者からいろいろと言われて、
罪意識を持つ必要はありません。
もちろん副作用等もあるかもしれませんが、
本当に苦しい時には、そんなこと言ってられませんね。


あの使徒であったパウロは、
少し体の弱かったテモテに対して、
少しのブドウ酒を飲むようにとも勧めています。

嗚呼、男と女。キリシタン大名・大友宗麟と奈多夫人の場合。

【写真】大友宗麟の城、臼杵城から市内を見下ろす。


当時は、大友宗麟の臼杵城の周りは海でした。
 海の中に立つ強固な出島城だったそうです。
 正面に見える県立臼杵高校あたりが
当時の海岸線だったようです。


神社の娘であり、宗麟の信仰の有り様を心配して
いろいろと苦言を呈していた奥方の奈多夫人を
一方的に離縁した宗麟は、この城を出て、
 新たにキリシタン女性(奈多夫人の侍女)と結婚して、
その海岸線(臼杵高校あたり)に新居を構えました。


宗麟、お前なぁぁぁぁ


近すぎだろっ! 


城に残された奈多夫人からもハッキリと見える場所です。
 人の出入りさえ見えそうな所です。
そんな処に新しい夫人との新居を構えた宗麟。
 奈多夫人の気持ちなど考えなかったのか、
 嫌がらせだったのか? 
それとも、あえて自分に気をひこうとしたのか。
未練たらったらだったのか?
どっちにせよ、宗麟、あんたって、
ほんと最低の男だよっ!


とは言え、奈多夫人は、
なんだかんだ言っても宗麟のことを
心配していたのでしょうし、
 宗麟も宗麟で、自分よりも正論を語る
奈多夫人のことを煙たくは思っていましたが、
その実、心の底では
慕っていたのかもしれません。


大友宗麟、苦しみと悩みの中で神と出会った男。


奈多夫人も晩年は、
キリシタンに好意的な態度に変わったようです。
そして最後の頃、臼杵に島津軍が攻めて来た時は、
 宗麟も奈多夫人と共に臼杵城内におり、
 臼杵の多数の住民を城内に避難させて
世話をしました。そのような行為は、
 大名としては異例のことだったようです。


この頃には、宗麟と奈多夫人、
 2人の心は和らいでおり、
 共に力を合わせて民の世話をしたのではないでしょうか。
しかし城内に流行った疫病にかかり、
ふたりともその後すぐに、
 数ヶ月の差でこの世を去って行きました。
 大友宗麟と奈多夫人に見る、ああ男と女。


【奈多夫人のお墓】
案内してくれたお坊さんが
「十字架の形をしています」と説明してくれた。

私「実は俺っ、"クリスチャン"って、嫌いなんだ」 回りの人「しっ、先生、そんなこと言っちゃダメですよ」(笑)

田崎
「俺っ、実は"クリスチャン"て、嫌いなんだよなー」
 回りの人
「しっ、先生、そんなこと言っちゃいけません」
 時々そういう会話を私はする。


あっ、そこのクリスチャンの方、
何もあなたが嫌いと言うことじゃないからねっ(笑)
実際の会話の中では、話の流れで相手は
その真意を理解されると思うのだけど、
こういう会話の中の"クリスチャン"とは、
「自分たちの信仰のあり方、自分たちの教派、
教会、神学等のみを義として、
回りの人のことを見下す信仰者」
のことを言っているのだ。


だから、それはキリスト教以外の宗教でも
あるのかもしれない。
クリスチャンの中にも実に多い。


私も含め、そういうことには、
よくよく注意が必要なのだ。


2,000年前、イエス様在世の頃、
あの愛を説くイエス様でさえ、
パリサイ人と呼ばれていた当時の
そのような人達に対しては、
なんと「呪われよ、パリサイ人!!」と、
その行いを厳しく叱責されたのだ。
 
信仰者よ、そして私、決して高慢になるなっ!!
ボコッ、ボコッ←高ぶった頭を叩く音っ笑