インターネット教会 (牧師 田崎敏明)

キリスト教の信者の方でも、信者でない方でも、共に励まし合うためのインターネット教会です。

あなたのことを、「友よ」と呼び続けてくださるイエス・キリスト

ユダといえば、
イエス・キリストの裏切り者として有名ですね。
確かに、イエス・キリストは直接的には、
このユダの裏切りによって十字架にかかります。


このユダが、
最後にイエス・キリストの元に来た時、
イエス・キリストはユダに対して、


「友よ…」


と話しかけられたのです。


イエス・キリストは、
「わたしがあなたがたに命じたことを
あなたがたが行うなら、
あなたがたはわたしの友です。
わたしはもはや、
あなたがたをしもべとは呼びません」
と語られたました。
ここで言う、
イエス・キリストが命じたことは、
私たちが愛し合うということです。


私たちは、
神であるイエス・キリストから見たら、
しもべであってもおかしくありません。
しかし、私たちを「友」と呼び、
「友」として扱ってくださるのです。


そして、それは、あなたが、
愛することがうまくできず悩んでいる時でも、
自分が神の前に不信仰な者であると悩む時も、
変わることはないのです。
ユダに対してもそうであったように…
イエス・キリストの友情は、普遍です。

天で立ち上がり、身を乗り出して、あなたを見つめてくださるイエス・キリスト。


「見なさい。天が開けて、
人の子が神の右に立っておられるのが見えます」


2,000年前、迫害にあい、
今まさに石打ちで殉教しようとしていたステパノは、
天を見つめそう言いました。
 
人の子とはイエス・キリストのことです。
イエス・キリストは通常は
「神の右の座についておられる」
と聖書に表記されています。
しかし、この時、イエス・キリストは
その座から立ち上がっておられたのです。
おそらくは身を乗り出してステパノを見つめ、
そして、ステパノを励ましておられたに違いない。
じっと静かにそこに座ってなど
おられなかったのでしょう。
イエス・キリストとはそういうお方だ。


ステパノは、
「主よ、私の霊をお受けください。そして、
この罪を彼らに負わせないでください」

と語り、天に上って行った。


今日も、イエス・キリストは、
あなたの涙を見て、祈りを聞いて、
天から身を乗り出して
あなたに声援を送ってくださる。
そして、あなたのために
とりなしの祈りをしてくださっている。
だから大丈夫だ。今日も前を向いて歩いて行こう…

駆け出しの牧師当時、『えっ、こんな人が、そんなことを…」と思ったものだ。今は誰から何を聞いても、『まっ、そんなことだろう…』と思う。

30年近く前、牧師駆け出しの頃、人様から、
いわゆる「懺悔」的な話を聞くと内心、
『えっ、こんな人がそんなことを…』
と思うこともあったものだ。
でも、今は、誰から何を聞いても、
『まっ、そんなことだろう…』
と思う。人はどんな格好をしていようが、
口で何を語っていようが、
中身はそうそう変わりはしない。
50歩100歩だ。


あのイエス・キリストの一番弟子のペテロは、
イエス・キリストと出会った当初、
イエス・キリストの神性に気づいた瞬間に、
イエス・キリストの足元にひれ伏して、
「主よ、私のような者から離れてください。
私は罪深い人間ですから…」
と、とっさに告白した。
 
私も37年ほど前、
聖書を読み始めた頃、読めば読むほど、
自分がどれほど罪に汚れた男が示され続けて、
きつくなって一度聖書を川に投げ捨てた。


しかし、その後、
そんな罪深い私をイエス・キリストは
気に留めてくださる神であることを知って泣いた。


イエス・キリストは
そんな罪深い私たちの友となってくださる。
だから私はこのイエス・キリストを伝える。
ハレルヤ。

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私は、イケメンでもなく、
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人の人生のピークは、「今日」だっ!

私は以前
「♪おっさん おばさん 今が旬」
という唄を作って唄っていた(笑)


「今日という日があなたの一番若い日」
という言葉はよく聞く。
でもそれは、私に言わせれば
少し消極的である言葉だ。
 
「今日という日が、これまでの人生で
あなたが一番経験を積み、
一番いろいろと教え込まれて来た日」


なのだ。それらを生かさない手は、絶対にない。


私は60歳。社会の中では定年の年だが、
何言ってやがる。やっとこれからだ。
 訪問牧師への依頼問い合わせも入り始めた。
月末発行の「神の約束」の申し込みも、
思った以上のペースで入って来ている。
 身体のことを考えて、毎週4,5日、
2キロ程度ではあるけど軽くジョギングしている。
身体も慣れてきたので3キロに伸ばそうかと思う。
 
毛は抜けようが、
やる気はだけはフッサフサだぁぁ!!