牧師・田崎 敏明の信仰徒然日記

アホな牧師の日記。
まっ気楽に読んでみてっ。

法王の域に達してしまったと思う時(笑)

フランシスコ・ローマ法王が、
「祈っているうちに居眠りすることがある」
と正直に告白されたことがニュースで流れました。
ローマ法王、なんか可愛いっ。


そしてそのニュースを読んだ田崎さんは、
心の中でこう思ったのです。
 「…ということは、
俺も法王の域に達して来たということか」
と。えっ、それって…笑



名刺を注文した。

これまで何度名刺を印刷してきただろうか。


その都度、肩書きも変わったり、
いろいろと重複して書いたり、
また自己アピールのために、
いろんなコメント等も挿入して来た。


名刺が切れたので、
今日また注文した。


もう今回は、
牧師 田崎敏明と
住所・電話番号のみ。


肩書きは、たんに「牧師」だけにした。
「延岡東海教会 牧師」でもなく、
「牧師」のみ。
これから働きに対する意気込みを込めてみた。
それにシンプルなのが一番だ…。

泣きたいだけ泣いたらいいよ…

スナックで泣き崩れる女性に、
ママさんがそっと声をかけたそうです。
「泣きたい時は、泣きたいだけ泣いたらいいよ。
あなたが涙を流す分、
誰かが泣かなくてすむのだから…」


マザー・テレサは、
「本当の意味で愛するということは、
傷つくということなのです」
と言っていますね。


本当の愛…それは犠牲が伴うものなのかもしれない。
イエス・キリストの愛も、
十字架という犠牲の上にある。

一人が大事

開拓伝道当初、日曜日も誰も来ない礼拝会が続いた。妻も入院して私一人の時もあった。
その時、先輩開拓伝道者の、「誰も来なくても椅子に向かって説教したっ!!」という武勇伝を思い起こして、私もやってみたが、出来なかった。悔しくて、布団をかぶって震えて泣いていた。


しばらして、少しずつ人が来始めたこ頃のこと。その日は、ただ一人ある女性だけが来ていたが、終わってから彼女はこう言ってくれた。
 「先生はすごいと思う。今日は私ひとりしかいないのに、大勢いる時と同じように一生懸命お話をしてくれた」と。
泣けた。今でも思いだすと泣く。


私には、一人が大事。

「親は黙っていてください。」

2,3年前のことだが、近くの小学校の学校通信に、
 『親は黙っていてください』
というタイトルの文章が載っていました。
それは、中学校の校長を務めた方の文章でした。


たとえば、子供と教師と親の3者面談。
 教師が子どもに質問して、
 子どもが考え込んで、答えられないと、
すぐに親が、
 「それは……よねぇ、○○ちゃん」
と口を挟む…。


時間がかかってもいいから、
ちゃんと子どもに考えさせ、
とゃんと自分で答えさせるようにしましょう…
と、その元校長は語っておられました。
 確かに! と思わされます。

聖書では、神様と私たち人間は、
 親と子の関係と説いています。
 神様は何でもできます。
 私たちのために、すぐに何でも出来る方です。
でも、子に対する愛のゆえに、
しばらく、あえて手を出さない時、
あえて黙っておられる時が
 あるのかもしれませんね。


しかし、それも「愛」ゆえなのです。