お笑い牧師・田崎敏明Blog

アホな記事、真面目な記事、取り混ぜてお届け中。

母のこと

母を見送ってから一週間が経ちました。
長男である私は、後のことを、
あれこれとやっているうちに、
アッという間の一週間でした。


母は86才でした。私が言うのもあれだけど、
母は、若い頃、
そこそこの美人だったんじゃないだろうか。

年をとってからも、なんとなく品があり、
けっこうおしゃれでした。
母が最近、
「これ良かったよ」
と言っていた姜 尚中の「母 オモニ」を、
母の本棚から抜いて読んでいます。


"とりわけ息子にとっては、母は「女」ではなく、
あくまで母でなければならない。息子から「男」になり、
「女」と交わり、父親になってからも、
息子たちは、母が女であったことを
認めようとはしない。
それほど、母という言葉は、
息子たちの心を尋常ならざるものにしてしまうのだ。"
(姜 尚中著「母 オモニ」より)


母の死因は「心臓死」でした。
旅立つ直前まで散歩していました。
まさにこの世での時が来て、
心臓が停止した…
神様が与えてくださった素晴らしい母でした。

人を悪く言う「義人」よりも、人に優しい「罪人」でいたい

「酔っ払いは、酔っ払いに対して優しいのさっ」
と言いながら、酔っ払いを優しく介抱してた友がいたな…。
あっ、わ、わ、私じゃないよ…笑


自分は正しいと思っている「義人」は、
人に対して批判ばかりしがちだ。
そして、その批判は、たいがいそのまま
その本人にブーメランしているものだ。


一方、自らをよく知る「罪人」は、
周りの人に対しても優しかったりするものだ。


人を批判ばかりする「義人」ではなく、
仲間を大切にする「罪人」でいたい。


イエスはこれを聞いて言われた。
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。
『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』
とはどういう意味か、行って学びなさい。
わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、
罪人を招くためである。」(マタイの福音書9章12節、13節)


私たちは学ばなくてはいけない。

地域の公民館で、地域の方々に向けて講話してきました。

うちの地域は、町内会の放送が
屋外スピーカーから流れます。
昨日の朝も、流れました。


「本日、午後2時より、公民館で、
東海教会の田崎牧師のよもやま話の講話があります。
多数お集まりください」


『へぇ~、そうなんだ、
行ってみようかなぁ~、
って、えっ、お、俺かよっ!』(笑)


あっ、とか言いながら、
ちゃんと準備してましたから…


教会や、各種講演会でお話させていただくのは、
ありがたいことです。
しかし、地域の公民館で、地域の方々に
お話できる牧師さんって、
そうはいないに違いありません。
なんと幸せな牧師なのだろうと思う。
皆さんも本当によく聴いてくださって
嬉しかったです。

わが家のすずめ、駆け落ち脱走!

我が家に住み着いていた
すずめのちゅん太。
2日ほど前、家の玄関から脱走して、
大自然界に戻っていきました。

最近、あいつの目を見ていて、
そんな予感してました。


それに、最近、窓越しに
ちゅん太に恋のさえずり?をしている
奴がいて、…。
だから、ちゅん太は実はメスなのでは?
と思って来ていたのです。


あいつアホだから、まんまと騙されやがって
…駆け落ち!


ちゅん太、ありがとうね。お幸せにっ!

すぐ人のせいにする牧師

ペンでハガキを書いた。
書き終わった後、
ペンのふたをしようしたら、
ないっ!


私はすぐに、うちの居候すずめのちゅん太を、
「こらっ、ちゅん太、お前、
また咥えてどっかに持っていっただろう。
まったくお前は!」
と激しく叱責。

その後、机の周りを探したが…
どこにも、ない。


ふと見ると、ボールペンのヘッドに、
そのふたが…
私、自分でふたをヘッドにはめていたみたいで…

すまんなぁ、ちゅん太(笑)


人様に物言う前に、
まずは自分を点検せよっ!


※実は、ちゅん太、
昨日、開いていた玄関のドアから、
自然界へと飛び立ちました…
そのお話はまた明日っ