お笑い牧師・田崎敏明Blog

アホな記事、真面目な記事、取り混ぜてお届け中。

否定からではなく、肯定から入ると楽だよっ!

たとえば、幻聴が聞こえる人がいるとします。
すると、人はすぐに、
 「なに言ってるの。何も聞こえないはずだよ。
 聞こえるのは病気だよ」
とまず、否定の言葉をかけるかもしれません。
しかし、当の本人には、実際に聞こえている訳です。


たとえば、幻覚が見える人がいるとします。
すると、人はすぐに、
 「なに言ってるの。何も見えないよ。
 見えるのは病だよ」
とまず、否定の言葉をかけるかもしれません。
しかし、当の本人には、実際に見えている訳です。


これは、たとえの話ではありません。
ある方が私(田崎敏明)のことを、
ある牧師さんに話したそうです。するとその牧師さんは、
 「ああ、あの低レベルの牧師ね…」と言われたそうです。
でも、私は、ちっとも腹立たしくも思いません。
なぜなら、その牧師さんに、
 私が低レベルの牧師に見えることは、
 事実なのですから。
それ以上でもそれ以下でもありません。


何事も相手のことを、否定から入ると、
こちらの方の心が乱れるかもしれません。
しかし、相手のことを、実際のまま、
まず肯定することから始めると、
 心苛立てずに、
かえって物事がスムーズに行くこともあります。

自分を100点として人を見るから、人を裁いてしまう。

イエス・キリストは、
 「人を裁いてはいけません」
と語られました。
 裁くとはジャッジすること。
スポーツならば、適切なジャッジが必要ですが…。


イエス・キリストがジャッジしてはいけない、
そう語られた意味は、
 自分のものさしで人を計ってはならない
…ということでしょう。


人のものさしはそれぞれ違います。
たとえば、
ある金持ちにとっては、10万円など、
ほんの紙切れでしかないかもしれません。
しかし、私にとっては大金です。
 同じ10万円でも、人のものさしによって、
その見方が違うものです。


それぞれに、それぞれの考え方があって、
それで良いのです。


人はたいがい、
 自分を100点として人をジャッジしがちです。
ですから、人をみな自分よりも下に見がちです。


聖書には、
 「人を自分よりも優れた者と思いなさい」
とも書いあります。
ですから、たとえば自分を50点として、
 人を見るぐらいが、
ちょうど良いのではないでしょうか。


人を見下げる生き方ではなく、
 下から人を見上げる生き方の方が
素晴らしいのです。
そんな生き方を心がけています。


さぁ、今日も
「さばいていいのは魚だけっ」
ですぞっ。


以上、30点牧師がお伝えしました。

自分を100点として人を見ると、人を裁いてしまう。

イエス・キリストは、
「人を裁いてはいけません」
と語られました。
裁くとはジャッジすること。
スポーツならば、適切なジャッジが必要ですが…。


イエス・キリストがジャッジしてはいけない、
そう語られた意味は、
自分のものさしで人を計ってはならない
…ということでしょう。


人のものさしはそれぞれ違います。
たとえば、
ある金持ちにとっては、10万円など、
ほんの紙切れでしかないかもしれません。
しかし、私にとっては大金です。
同じ10万円でも、人のものさしによって、
その見方が違うものです。


人はたいがい、
自分を100点として人をジャッジしがちです。
ですから、人をみな自分よりも下に見がちです。


聖書には、
「人を自分よりも優れた者と思いなさい」
とも書いてあります。
ですから、たとえば自分を50点として、
人を見るぐらいが、
ちょうど良いのではないでしょうか。


人を見下げる生き方ではなく、
下から人を見上げる生き方の方が
素晴らしいのです。
そんな生き方を心がけています。


さぁ、今日も
「さばいていいのは魚だけっ」
ですぞっ。


以上、30点牧師がお伝えしました。

宗教はあなたに、「もっと頑張れっ」と言う。しかし、イエス・キリストはあなたに、「一緒に頑張ってみよう」と言う。

頑張ってるのに、
「頑張れっ」と言われるのは、なんだかねぇ…


落ち込んでいる時に、
「頑張れっ」と言われるのも、辛かったりする。


宗教もあなたに、「もっと頑張れっ」と言う。


しかし、イエス・キリストはあなたに、
「一緒に頑張ってみよう」
と言ってくださる。

男って…基本、アホで子供ですから。

男というものは、基本、アホで子供なのだ。
 
某・牧師が、聖書を片手に、
窓の外を何か感慨深げに見ていても、
 「なんか深い瞑想をしているのだろう」
などと誤解してはいけません。
実際は、ただボ~としているだけです。
 
男って…そんなもんです。(笑)