牧師・田崎 敏明のアホ徒然日記

初めて聞いた人にも分かるように、
日常用語で、聖書の話を伝える働 きをしている牧師です。
時折、アホなことも書いておりますが、
まっ気楽に読んでみてっ。
コメントも、もらえると嬉しいです!

『親は黙っていてください』

近くの小学校の学校通信に、
『親は黙っていてください』
というタイトルの文章が載っていました。
それは、中学校の校長を務めた方の文章でした。


たとえば、子供と教師と親の3者面談。
教師が子どもに質問して、
子どもが考え込んで、答えられないと、
すぐに親が、
「それは……よねぇ、○○ちゃん」
と口を挟む…。


時間がかかってもいいから、
ちゃんと子どもに考えさせ、
とゃんと自分で答えさせるようにしましょう…
と、その元校長は語っておられました。
確かに! と思わされます。

聖書では、神様と私たち人間は、
親と子の関係と説いています。
神様は何でもできます。
私たちのために、すぐに何でも出来る方です。
でも、子に対する愛のゆえに、
しばらく、あえて手を出さない時、
あえて黙っておられる時が
あるのかもしれませんね。


しかし、それも「愛」ゆえなのです。


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「しかしイエスは」という聖書の御言葉が、魂に支えを与える!

「しかし」という言葉は、
否定的に使われることの多い言葉です。
「何かやりたいことがある。しかし、できない」
という風になります。


聖書の中には、
「しかし、イエスは」
という言葉が随所に出て来ます。
その場合の「しかし」は、
逆に、肯定的な意味となります。


「私は弱っている。もうダメだ…
しかしイエス様は、こういう時にこそ、
私を助けてくださる。」


「今、大きな問題が目の前にある。
しかしイエス様は、これを益と変えてくださる」


今、
「しかしイエスは」という聖書の御言葉を、
暗誦しましょう。
ほら、もう出来たでしょう!


しかし、イエスは…
しかし、イエスは…


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「愛するとは、何かをしてあげることではありません。」

ジャン・バニエ著『小さき者からの光』
(あめんどう発行) p29 、p30より抜粋


愛するとはどういうことでしょうか。
愛するとは、何かをしてあげることではありません。
なぜなら一心に何かをしてあげても
相手を踏みつけることがありますし、
こちらの行為を見せつけることによって、
あなたには価値がなく、役に立たない
人間だと感じさせてしまうことがあるからです。
愛するとは、その人の存在を喜ぶことです。
その人の隠れた価値や美しさを、
気づかせてあげることです。
その人に向かって、
「あなたが生きていることは素晴らしい。
私はあなたが生きていて幸せです。
あなたの存在をとても喜んでいます。
あなたは大切な、価値ある人です。」
ということを伝えるのです。


人は愛されて初めて、
愛されるにふさわしいものになります。
そして何かができるようになります。
積極的になります。
愛されることによって、
人はこの世界で何かを果たすことができるのです。


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「よくなりたいか」とイエス様から言われて、「はい、よくなりたいです」と即答できるほど、人生は簡単じゃない。

ある時、イエス様は、
38年もの間、病気で苦しんできた一人の男に、
「よくたなりたいか」
と聞かれました。それに対して、男は、
この38年間の苦しみや、人々の冷たい態度を
愚痴り始めます。


キリスト教の説教者は、この箇所からよく、
「愚痴はいけません」という"道徳"と、
「神様であるイエス様が、
よくなりたいかと聞かれたのだから、すぐに
よくなりたいです!と答えれば良かったのです」
という、"信仰"とを説きます。


それは決して間違ってはいません。正論です。
私も、以前はそう語っていました。
しかし、それは、どこか…冷たい。
綺麗ごと説教は、人の心の奥底には届かない。


彼は、38年間も苦しんで来たのです。
愚痴の一つや2つ、そりゃあこぼしたいでしょう。
もしも、私がその男だったら、
「お前なんかに、俺の苦しみが分かるのかっ」
と、悪態さえついたでしょう。
人生とは、綺麗ごとではない。大変なものなのだ。


しかし、イエス様はそんな男を、
「愚痴ばかり言って…」
と、突き放しはされなかった。
イエス様は、
しっかりと彼の愚痴を聞いてくださった後に、
彼を、癒してくださったのだ。


「わたしが求めるのは憐れみであって、
いけにえではない」とはどういう意味か、
行って学びなさい。」

(イエス・キリスト マタイの福音書9:13)


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「♪きみは愛されるため生まれた」を歌い始めると、いつも教会から飛び出して行っていた女の子が…

私が一番書きたいことは、
あなたは、イエス様に愛されているということ。


以前教会で、「♪きみは愛されるため生まれた」
という賛美歌を毎週のように歌っていた頃のこと。
その賛美が始まると、
きまって教会から出て行く女の子がいました。
それでも…あえて、毎週歌い続けました。
…可愛そうかなぁと思いつつも…
…いつか必ず分かってくれると思いつつ…


彼女はそののち、
イエス様を信じて洗礼を受けました。
その時に彼女は、
「この歌を聞くのも歌うのも辛かった。
でも今は、この歌が、
神様と私との関係だと分かって
今では大好きな歌です」と書いていた…


「わたしの愛の中にとどまりなさい。」
(イエス・キリスト ヨハネの福音書15:9)


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