インターネット教会 (牧師 田崎敏明)

キリスト教の信者の方でも、信者でない方でも、共に励まし合うためのインターネット教会です。

聖書は、「…しなくてはならない」という道徳の書ではない。「神が…してくださる」という約束の書だ!

【聖書の言葉】


「山々は動いて場所を変え、
丘が消えてなくなっても、
わたしの愛はあなたから離れない。
平安を与えるという約束を、
どんなことがあっても破らない。」
あなたをあわれむ主は告げます。
(イザヤ書54:10)


聖書を道徳の書として真摯な気持ちで読むなら、
あなたは苦しくなるはすだ。
「こんなことはできない…」と。
そして、聖書の言葉を使って、
他人の行いをさえ批判し始めるだろう。


しかし、聖書のメインは、「神の約束」だ。


あなたの状況がどうであれ、
あなたが今、七転び八起きの状態、
いや、もう七転八倒の状況でさえあったとしても、
本当にもうダメだ…という状況でも、
たとえ、どんなに自分に失望していようと、
聖書に約束された、
神があなたを助けるという約束は、
決して破られることはない。
神は何があっても、
あなたを見捨てず、見放さない。
大丈夫だ。


「たとえ倒れても、それで終わりではありません。
主がしっかりと支えておられるからです。」
(詩篇37篇24節)


ぜひ今月末発行の田崎著、
「神の約束」(B6判 20ページ)
読んでみてください。
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「神の約束」(B6判 / P20)。今月末発売予定。
え~と、体裁はまるで、サンマーク出版刊のニューエイジ本みたいですが、安心してください、ちゃんと聖書の言葉のみに立脚した本です。(クリスチャンではない方にも興味を持っていただくために、あえてこういう体裁にしました)
聖書は単なる道徳の書ではなく、神の息吹が吹きまくっている書です。そして、生きた神があなたに与えると約束された事柄がたくさん書かれている書です。神は約束されたことを守られるお方。約束された素晴らしいプレゼントを貰わないのは、損。ああっ、もったいない!
それをいただくために信じるべき4つのことと、そして神かあなたに与えると約束されたことを列記した本。これは凄い。あの分厚い聖書を、なんと20ページにまとめてしまった!
祈っている時に示されて、あっという間に書き上げました。
2週間後ぐらいに発売開始予定! (訪問牧師活動へのカンパ込みで1,000円)
1,000円で、神のパワーをあなたも手にできます。←なんかニューエイジっぽい?(笑)
ちなみに相変わらず専門用語一切なしで書いているため、クリスチャンでにない方もスラスラ読めます。クリスチャンの方は、今一度しっかりと確認する意味で読み込んでみましょう。
 【ご予約はこちらから】
http://fm.sekkaku.net/mail/1493969740/
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明日5月13日(日)の礼拝会説教、facebookにて配信

明日の日曜日(5日13日)、
延岡東海教会礼拝会での田崎の説教を、
朝10時40分ぐらいから、
私のfacebookにて生ライブ!
 (その後、録画でも当facebookにて公開します)


私の場合、
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、
準備なしで講壇に立つタイプの牧師。
しかし、今回は、
すでに神からのインスピレーションが与えられていて、
すでに明日語るべきことが頭の中で、
神の息吹みたいに飛び回っている。
早く語りたくて仕方がない…。
 
明日のやつ観た方がいいよっ…


田崎のfacebook

訪問牧師への献金をいただきましたので…

今回、私の訪問牧師の働きをご理解いただいた方より、
尊い献金をいただきました。


【訪問牧師の働き 詳細】


つきましては、もしも、
「田崎にぜひ来て欲しい事情があるけど、
交通費等は出せないけど…」
と言う方は、今ご相談ください。
メールか、facebookのメッセージから
詳細をお知らせください。
(全てのご要望にお答できるかは
分かりませんことも、前もって、ご了承ください)


また、軽いノリで、
「こっちにも来て…」というコメントは
ご遠慮くださいねっ。


★訪問牧師の働きは、
基本的には交通費ご負担で
お願いしたいのですが、
「交通費等出せないけど…ぜひ来て欲しい」
という方々も多々おられると思います。
ご理解いただける方からの献金ありますと、
その分で、そういう方々の処にもお伺いできます。
どうか、皆様のご理解、ご支援お願いいたします。


宮崎銀行 祇園町支店 (普)23553
タサキ トシアキ

クリスチャンは、やたら「さばいてはいけない」とか「さばかれた」と騒ぎ過ぎる

今日の記事も、
「本当はこんなこと書きたくないけど…」
という記事をあえて書きます。
「本当は書きたくないけど…」ということが、
本当は一番書きたいことだっりするのは内緒…

クリスチャンは、本当によく、
「さばいてはいけない」とか、逆に
「さばかれた」という言葉を使う。
イエス・キリストが、
「さばいてはいけません。
さばかれないためです」
と語られているからでもあるが。
私も、いつも得意気に、
「さばいていいのは魚だけです!」
とか言っているし…。


しかし、普通、一般社会では、
そんな「さばく」とかいう言葉自体を
ほとんど使わない。


クリスチャンは気をつけないと、
たとえばいわゆる
「意見交換」
で、相手が自分と違った意見を言うと、
それだけでも、すぐにカッとなって、
「さばかれた」と言い、
「さばいてはいけませんよ」
とやり返すクリスチャンもいるように思う。


人が自分と違う意見や考え方をするのは、
ごく当たり前のことなのだ。
それぞれが違った立場、環境にいるのだから、
違って当たり前なのだ。


真の信仰は、何も当たり前のものまで
変えてしまうものではない。
神は全能なる方、奇跡もできる方。
しかし、神がなさる奇跡というものは
超常識のことであって、
非常識なことではないのだ。


私たちクリスチャンは、
今、そういうことを今一度
しっかりと考え直すべき時ではないかな。