牧師 田崎敏明の、インターネット教会

還暦牧師のブログ。共に励まし合うためのインターネット教会です。

自分たちの教会、自分たちのグループ、自分たちの教団が一番正しいと思っている人たちが、まだまだいる不思議。

宗教というものは、
程度の差はあれ、どこもそうだと思うけど、
同じものでも、いろいろなグループや教派が
あるものです。


聖書を指針とするキリスト教も、
やはり数多くのグループや教団があるものです。
そして、それを神様はお許しになっておられると、
私は思っています。


人もいろいろです、
いろいろな特徴のある教会があって良いし、
またある方が良いのです。


そして、それらが互いに認め合い、
互いの足らない部分を補い合うという関係性が
良いですね。


「うちが一番!」
「他の教会は、本当の真理を分かってない」
等々言って争うような人達は、
まだまだイエス様の心を、
よく分かっていないのではと思います。

一寸先は光。今日を生きよう。

もし今あなたが、
暗闇の中で絶望していたとしても、
一寸先は光だ。
まずは、今日一日を生きてみようよ。 

"神は真実な方ですから、
あなたがたを、耐えられないほどの試練に
会わせることはなさいません。
むしろ、耐えられるように、
試練とともに脱出の道も備えてくださいます"


と、聖書のコリント書10章に書いあります。

嫌いな人がいても、別にそれでいいじゃん

嫌いな人とか、どうしても合わない人の
一人や二人は誰にだっているものだ。
まっ、私なんかは、愛に満ちた牧師さんなので、
そんな人は一人もいな…あっ、一人だけ…
あっ2人だけ…あっ、アイツもどうも…

いるんかぁぁ~い(笑)

それで自分を責める必要はない。

それが世の常だ。


 ただ、そんな嫌いな相手も、
悩みの中で必死に生きていて、そんな嫌いな人も、
他の誰かにとっては、
とても大切な存在なのだということさえ
抑えていれば、それで良いと思う。


適切な批判はいいが、どのような人に対しても、
その人の人格を否定するようなことは
決してしてはいけない。


嫌いな人とは、距離を取るのがお互いのためだ。
相手だって、あなたのことを
「あいつ、もっと遠くに居てくれたらいいのに」
と思ってるのだから(笑)

信仰によって、人間らしさを失うというのは本末転倒

【信仰による本末転倒】
 
道で行き倒れている人を見つけて、
「聖書にはこういう場合、
どうすべきと書いてあるか?」
「聖書はこう言っている!」
「いや、別の箇所にはこう書いてある!」
とか論争を始めるクリスチャンたちが
いるかもしれない。
(いや、実際いるんだよな…実に困ったものだ)

一方、そこを通りかかった
クリスチャンではない方は、
その人のことをただ可哀想に思って
すぐに介抱して、救急車を呼んだ。


これが、
聖書のルカの福音書10章に書いてある、
イエス・キリストが語られた
「隣人」のたとえ話の、現代版たとえ話。


 信仰のゆえに、
人としての本来のあるべき姿を見失っては、
本末転倒だ。