牧師・田崎 敏明のアホ徒然日記

初めて聞いた人にも分かるように、
日常用語で、聖書の話を伝える働 きをしている牧師です。
時折、アホなことも書いておりますが、
まっ気楽に読んでみてっ。
コメントも、もらえると嬉しいです!

聖書の言葉を、現代の日常用語で伝える。

「聖書にはこう書いてあるよ」
と、聖書の言葉をただ読まれても、
ただ書き込まれても、
特に私たち日本人は、
初めて聖書の言葉を聴くことが多いので、
その聖書の意味が分からないものです。


聖書の言葉を、現代の日常生活の言葉で、
わかり易く伝える…
それが私・田崎が
神様から与えられていると信じている働きです。


どうぞ、このことのためにお祈りくださり、
またご支援くださり、
またお呼びください。


★郵便口座 
01710-4-166482 口座名:田崎敏明
★銀行口座 
宮崎銀行 祇園町(ぎおんまち)支店 
23553 タサキトシアキ

母のこと

母を見送ってから一週間が経ちました。
長男である私は、後のことを、
あれこれとやっているうちに、
アッという間の一週間でした。


母は86才でした。私が言うのもあれだけど、
母は、若い頃、
そこそこの美人だったんじゃないだろうか。

年をとってからも、なんとなく品があり、
けっこうおしゃれでした。
母が最近、
「これ良かったよ」
と言っていた姜 尚中の「母 オモニ」を、
母の本棚から抜いて読んでいます。


"とりわけ息子にとっては、母は「女」ではなく、
あくまで母でなければならない。息子から「男」になり、
「女」と交わり、父親になってからも、
息子たちは、母が女であったことを
認めようとはしない。
それほど、母という言葉は、
息子たちの心を尋常ならざるものにしてしまうのだ。"
(姜 尚中著「母 オモニ」より)


母の死因は「心臓死」でした。
旅立つ直前まで散歩していました。
まさにこの世での時が来て、
心臓が停止した…
神様が与えてくださった素晴らしい母でした。

人を悪く言う「義人」よりも、人に優しい「罪人」でいたい

「酔っ払いは、酔っ払いに対して優しいのさっ」
と言いながら、酔っ払いを優しく介抱してた友がいたな…。
あっ、わ、わ、私じゃないよ…笑


自分は正しいと思っている「義人」は、
人に対して批判ばかりしがちだ。
そして、その批判は、たいがいそのまま
その本人にブーメランしているものだ。


一方、自らをよく知る「罪人」は、
周りの人に対しても優しかったりするものだ。


人を批判ばかりする「義人」ではなく、
仲間を大切にする「罪人」でいたい。


イエスはこれを聞いて言われた。
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。
『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』
とはどういう意味か、行って学びなさい。
わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、
罪人を招くためである。」(マタイの福音書9章12節、13節)


私たちは学ばなくてはいけない。

地域の公民館で、地域の方々に向けて講話してきました。

うちの地域は、町内会の放送が
屋外スピーカーから流れます。
昨日の朝も、流れました。


「本日、午後2時より、公民館で、
東海教会の田崎牧師のよもやま話の講話があります。
多数お集まりください」


『へぇ~、そうなんだ、
行ってみようかなぁ~、
って、えっ、お、俺かよっ!』(笑)


あっ、とか言いながら、
ちゃんと準備してましたから…


教会や、各種講演会でお話させていただくのは、
ありがたいことです。
しかし、地域の公民館で、地域の方々に
お話できる牧師さんって、
そうはいないに違いありません。
なんと幸せな牧師なのだろうと思う。
皆さんも本当によく聴いてくださって
嬉しかったです。